MASAHIRO NAKAMURA

2017年の個人的な抱負の話。

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自分で変化を求めて、変化のきっかけをつくり、いざ変化すれば、その変化についていけない自分に気付き、向き合い、悩む。

これまで、こうやって螺旋階段を何周昇ってきたんだろうか。いや、螺旋階段を昇っていると思いきや、地面に描かれた単なる円をなぞっていただけなのかもしれない、と思うときもある。

かっこつけてはいけない。
完璧になろうとしてはいけない。
綺麗なことばかり言おうとしてはいけない。

あの頃の僕らは、ダサくて、何も失うものもなくて、やり場のない不平不満がエンジンだったのに。気が付けばリュックの中には無駄な荷物も多くなっている。

今年は、身軽になろうと思う。
仲間を信じて、任せて、身軽になって、暴れる。
無駄な荷物はいろいろ捨てて、全人格的に生きたい。

年明けてから少し時間が経ってしまったけど、ようやく言葉にできました。
これが2017年の個人的な抱負です。

ユーザーのシームレスに連鎖するニーズ群は意外とサービスで分断されちゃってるという話。

リフォーム産業新聞社が主催するセミナーイベントに参戦してきました。
リフォーム、リノベーション、DIY業界の皆さんに混じって登壇。カウカモとして最近考えている「テクノロジー化された不動産エージェントサービスによって不動産の商流を転換する」という宣言をしてみた。

印象に残っているのは、新築を建てる〜小さなリフォーム〜DIYというグラデーションのなかで、それぞれの異なるリズムを横断するサービスがまだあまり無いということ。DIY FACTORYでDIYを習っているお客さんが自宅のフルリノベーションを考えていたり、実家を引き継いだ2代目がプチリフォームをしまくった挙句に新築を建てるストーリーはありえるよね、と。

ユーザー側から見たらシームレスに連鎖するニーズ群なのに、サービス提供側から見るとそれぞれの事業者に分かれてしまっている状況。カウカモに近い領域で言うならば、リノベ済みの再販物件なのか、購入後のリノベーションなのかなんて、要は自分にフィットする家と出会えればどっちでもいいのだ。本当の意味でユーザーファーストなサービスとは?ということを考えなきゃ。

奥多摩の森から生まれる木材を都心にインストールしたいという話。

今日は奥多摩へ。
古里駅最寄りの施設群「森のコリー」にてコリフェスというイベントでした。東京森と市庭、木工房ようび、ツクルバの三社で仕掛けている「森のコリー」。都心から約1.5時間で東京の森にアクセスできる経験は、ぜひ多くの人に届けたい。そういう想いで始まりました。

人の手で作られた人工林は手を加えないと死んでしまうゆえに、適切に間伐して森を健全に保つのがマストだけど、その間伐材の利用が肝。間伐材をちゃんとプロダクト化できると、そのエリアに産業が生まれ、雇用が生まれる。東京で建築・不動産に関わるなら、東京の森とも向き合いたいと思っています。

多摩産材を都心のオフィスや住宅に使っていくこと。その材を導入してくれた人が奥多摩に遊びに行くきっかけを作ること。建材と体験をセットにして都心にインストールしていきたい!と思って活動して早2年ほど。最近オープンしたco-ba池袋の床には多摩産材が導入されました。これが初めの一歩。この物語を育てていきたい。

facebookのリアクションになぜ「よくないね!」が無いのかという話。

facebookのリアクションになぜ「よくないね!」が無いのか。その正確な設計思想は知らないが、我思うにはプラスな感情こそ伝播するに値するからだと思うのだ。

もちろんマイナスの感情を抱えるときもある。人間だもの。でもその負の感情への共感は大きな負の塊を生み出すだけなんじゃないか。

SNSはアンプみたいなものだと思う。もとの素材の特性がそのまま大きくなるだけだ。初期値がマイナスならどれだけアンプのボリュームを上げてもマイナスだし、プラスならその逆になる、ただそれだけ。

ムーブメントを仕掛けるからには、プラスの感情のボリュームを上げたい。「こっちの方が楽しいじゃん」から始まるアクションが社会を進化させると信じていたい。だからSNSは「いいね!」を活用すればいいんだと思う。プラスの掛け算をしよう。

デザインを学ぶ20歳へ。未来に繋がるインプットをプレゼントしたいという話。

大学2年生の頃を思い出そうとしてみる。20歳の自分は何を見て聞いて、どんなことを考えていたんだろう?

母校の東工大の場合、建築学科に所属するのは大学2年からなので、製図や設計そしてデザインというものに初めて触れたのが、まさに大学2年。何が分からないのかも分からないままに、とにかく手を動かして何かをつくり、自分の拙い考えを言葉にして、同級生や先輩たちと議論らしいことをしていた。いま思い出しても自分のアウトプットはどうしようもなかった。

でも、知識は裏切らないと思って、本を読んだり建築物を見たりしてインプットをしていた気がする。どんな本が自分の未来に繋がるのか分からず、面白いなぁと思う講義のなかで紹介されたものや、先輩のおすすめに雑食的に触れていた。そのなかには今もバイブルになっている本がいくつもある。

今年度、昭和女子大学で非常勤講師をしている。担当は「デザインプロデュースコース」というとても現代的なネーミングのコースだ。枠組みをいかにデザインするか、というなかなか難しいお題。それを大学2年生にとって魅力的に見えるようにどうやって話そうか、と毎週頭を悩ませている。

僕にとっての大学2年生はもう10年以上前なので細かく思い出せないけれど、学生時代の気持ちをなんとか思い出しながら講義の資料をつくる。拙いながらも何かしらアウトプットを出し続け、とにかくインプットをする。そのなかで将来まで心に残るインプットに出会う。20歳の頃はそんな時期なのかもしれない。聴講してくれた学生にとって、僕の話が未来に繋がるインプットになれたら本望です。

中華料理屋の炒飯は美味いんだよなぁという話。

中華料理屋の炒飯は美味い。しかも、なかなかの確率で美味い。米のパラパラとした食感、そして湯気とともに立ち上がる具の風味。こんな炒飯を家で再現できたら、といつも思う。

仮に同じ具材と道具を揃えたとしよう。ネットで評判の炒飯レシピを発見したとしよう。じゃあそれで再現できるかといったら怪しいのだ。構成要素は同じなのに、成果物はべちょべちょかパラパラか。天と地ほどの違いがある。

こんな魔法みたいなことがあるから面白い。中華料理屋だけじゃない。楽器を古くからの友達と語り合うように弾く人、地面の起伏と一体化するしなやかな動きをするスケートボーダー、そんな人を見ていると魔法を見ている気分になる。

その人がそのモノ、コト、素材、振る舞いと、向き合ってきた時間がそのまま、それらとの関係性に魔法をつくる。優秀なAIがその動きをトレースしたとして、そこに魔法を感じるのかは正直怪しい。

今日は学生時代からコミュニティと向き合ってきたツクルバメンバーが、コミュニティの講座をやっているのを少し見学させてもらった。そこにはどんな綺麗な声のナレーターが話す言葉よりも、素直に浸透する言葉があった。声は野太い声なんだけども。

ありがとう、シブヤ。

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2011年8月に創業して、co-ba shibuyaをつくってから5年。その間にツクルバの本拠地は渋谷を転々としてきましたが、ツクルバのオフィスは今日をもって渋谷を少し離れることになりました。業務拡大につき、代官山と中目黒の中間くらいにオフィス移転をします。心はシブヤのつもりでも、住所表示は目黒区になります。

 

センター街の華やかな大学生を横目に、模型材料を買いに駅と東急ハンズを往復した大学生時代。宮下公園のプロジェクトで渋谷の「裏側」になっていたエリアと向き合った大学院時代。その頃は渋谷で起業するなんて思っていなかったし、こんなに渋谷に愛着を持つとも思っていなかった。でもツクルバを始めて5年経ち、いま渋谷には友人が多く出来ました。やっぱり、人は人で街を好きになるんだと思う。
そして、今日は前のオフィスもこれからのオフィスも使えないので、久々にノマドワークをしていたのですが、人と会う口実にもなるのでとても良いですね。野に放たれると、強制インプットタイムになります。今後は週一くらいでノマドワークDAYをつくって、他の会社のオフィスを転々としたいので、受け入れるよ!という優しい会社の方はご連絡ください。笑

5年間ありがとう、シブヤ。大きくなってまた必ず戻ってきます。

数年ぶりのお悩みランチ

一刻一刻の積み重ねが、週になり、月になり、年という単位になることに、なかなか自覚的になれない。数ヶ月前の自分の写真や、メモの断片を見つけて、ちょっとハッとする。

数年前に大学生向けの講演をさせていただける機会があって、そのときに僕の話を聞いてくれていた人から久々に連絡があり、今日ランチを一緒に食べた。彼は学生時代に起業をして、紆余曲折を経て、今も当時の仲間と一緒にスタートアップ企業をつくっているという。会社をつくっていくときの悩みを相談しにきてくれたのだが、僕だって日々悩みながらツクルバをやっているので、達観した先輩というよりも一緒に考えながら答えるような壁打ち相手にしかなれなかったかもしれない。

でも、嬉しかった。僕もその彼と同じ歳にツクルバをつくったんだった。まだ自分を含めても片手で数えられるほどの仲間しかいなかった初期の頃に考えていたことを、彼と話していて少しずつ思い出した。時間の力は良いことも悪いこともひっくるめて状況を前へ前へと進めていくから、毎日の中でふと立ち止まり、時間を少し巻き戻すことはほとんど無い。

悩みはある。常にある。状況に悲観的になることも、自分に自信を失うこともある。それでも、「まぁやってみるか」と前を向いてみる。気付いたら周回遅れでも楽観主義でいることが板についてくる。

梅雨だからと思って今年はレインシューズを買ったのに、ほとんど履かないうちに気付けば最近は夏の日差しになってきた。季節も前へ前へと進んでいく。

バランス感覚のある街

GWは東京を離れ、ちらっと京都に。

あまり馴染みのない街を歩くのはとても楽しくて、僕にとってはささやかな趣味のようなものだ。タクシーやバスは極力使いたくない。空気感が少しずつ変化していく街のグラデーションは、歩くことで最大限楽しめる。その土地に生活する人、そこを訪れる人の振る舞いを観察し、チェーン店からローカル店までのその街のコンテンツとその成り立ちに思いを馳せ、様々な歴史が雑居する街並みを楽しむ。健康管理のために身に着けているウェアラブルデバイスは、東京の日々の数倍の歩数をカウントする。散々歩いて、ふとカフェに立ち寄る。そしてカフェの椅子に座った時に感じる疲労感は、旅を感じさせてくれる心地よい感覚だったりする。

仕事をはじめとして様々なきっかけで知り合った人が関わる場を訪れることは、旅の楽しみの一つ。今回も幾つかの場所をぶらり訪れた。

 

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▲チョコレートブランドの「久遠」。障害者雇用と美味しいチョコレートの生産を、素敵なクリエイティブでパッケージしていてとても素敵。

 

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▲町家をリノベーションしたビールと日本酒のお店「BEFORE 9」。こちら、東京の知人が京都の方と仕掛けていて、渋谷にある「small food」とも関係のあるお店。渋谷と京都が繋がった感じがして個人的にはなんだか嬉しい。

 

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▲夜にふと立ち寄った「ELEPHANT FACTORY COFFEE」。コーヒーチケットをお店にキープできるシステムに初めて出会った。古本と珈琲のフォトジェニックさ。

 

東京の夜にはお酒を飲む以外で過ごせる場所が少ないことに気づく。人が多い街で家賃が高いから、高単価なコンテンツ以外は求められていたとしても生まれにくい。京都の夜にはゆっくり珈琲を飲んで本を読める場所があり、人との出会いもある。京都は街としてのバランス感覚がとてもいい塩梅だと思う。

風景のリズム

最近、とあるテキスタイルデザイナーと出会った。

「模様を描いてるんです。心の模様だったり、風景の模様だったり。」

自分の仕事を語りながら、彼はそんなことを言った。

 

最近、「チームネット」という会社の20周年パーティがあった。

環境共生やコーポラティブといった価値観がまだ認知されていない頃から事業展開を行ってきたチームネットは、尊敬している会社の一つだ。

「コミュニティは風景に宿る。」

時間をかけて育まれてきた住民たちのコミュニティと、それを象徴する木々たちを語りながら、代表の甲斐徹郎さんは、20周年講演の最後のスライドを締めくくった。

 

最近、「木工房ようび」を応援するイベントを開催した。

数年前から交流を続けて、幾つかのプロジェクトで一緒に活動してきた木工房ようびは、岡山県西粟倉村を拠点にひのきを使って西洋家具をつくるという試みを続けている。その彼らの工房が、今年1月に火災で消失してしまった。今回はその応援イベントとして。西粟倉の皆さんも東京に来ていただき、東京のようびサポーターが集まるイベントになった。

やがて風景になるものづくり

彼らが目指すのは、家具をつくることで未来の森をつくること。「何があっても作り続けるしかない。」と、木工房ようび代表の大島正幸さんはそれが自分の天命のように話していた。

 

川の流れに川底が削られ、土砂が堆積するように、風景はつくられていく。風景と向き合うには、人間が把握できるリズムをちょっと越えた時間軸が必要なのかもしれない。

 

ツクルバはどんな「風景」になっていくだろうか。

8月で5周年。まだ5年である。

「風景」には程遠い。

 

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