SHINICHI TAKANO

元リクルートグループ役員からベンチャーに
入社したおっちゃんの人事・組織論ブログ
(ツクルバ取締役 高野 慎一)

「あなたの部下はどのタイプ?タイプ別、「デキる社員」を育てる次の一手」

当事者意識と目的意識は社員にどんな行動をもたらすか

「おまえはどうしたいんだ?」

「目的は何だ?」

このふたつの問いがリクルートの若手に「当事者意識」と「目的意識」を植え付けてきた。

「当事者意識」と「目的意識」がもたらす効果をわかりやすくするため、僕の頭の中にあるものをフレームに落とし込んでみた。それがこのマトリックスだ。

 

右上:当事者意識も目的意識も高い=デキる社員

【この社員の行動特徴】 目的は何かを考え、それを最も効果的且つ効率的に達成する方法を考え出し、それを達成することに本気で取り組む社員。この社員は目的を最も効果的且つ効率的にやろうとするから、前例にこだわらない。予想される困難も「自分にとって乗り越えるべき壁」だと思っている。そして壁にぶつかっても、自分ごとで本気で粘り強くぶつかるから乗り越える可能性が高い。チャレンジするから仕事を通して成長するし、やりがいも感じる。これでは非の打ち所がないなあ。あえて欠点を上げると・・・少々暑苦しい(笑)。

 

【育成のための次の一手】 このタイプを伸ばすには、今の能力を少し超える仕事を与え、それができたらさらに高いレベルの仕事を与えるということを繰り返す。異動させて幅を広げさせるのも手だ。とにかくやったことのない仕事を与え続けれていれば勝手に成長する。

 

左下:当事者意識も目的意識も低い=指示待ち社員

【この社員の行動特徴】 当事者意識が高くないから、仕事は他人ごとだ。目的意識もないので、何をすればいいのか、具体的な指示がなければ動けない。だから自発的な行動は期待できない。下手をすると自分の役割(組織内の自分の存在目的)にも関心がない。だから仕事はこなせばいいし労働は時間の切り売りだ。定時出社、定時退社、日中は指示された仕事をするだけで、指示がなければ退社時刻まで時間をもてあましてしまうことも。

 

【育成のための次の一手】 意欲がないように見えるが、意欲はあってもどうしたらいいのか分からないのか、実際に仕事に対して意欲がないのかの見分けがつきにくい。

 

前者なら、「おまえはどうしたいんだ?」「目的は何だ?」と問い続ける。意欲はあるのだから、仕事のやり方、仕事の基礎を教えてやればよい。リクルートの新人の多くがこれだった。

 

後者についても、「おまえはどうしたいんだ?」「目的は何だ?」を繰り返し問い続け、小さな成功(Small Success)をほめる。それによって目覚める社員もいる。目覚めた人が共通して言うのは、「自分にこんな能力があるなんて」。自分にもできるんだという小さな自信がつくと、俄然仕事に興味が湧いてきて意欲的になる。

 

残念ながら目覚めない人もいる。その場合は、あまり高いレベルは求めず、仕事のたびに具体的で詳細な指示を与える。そうすれば作業要員としては有用な人材だ。本人の将来のために売りになる専門能力を身につけさせたり、資格を取らせたりする。人それぞれに「売れる人材」に育成することは、親も同然の上司の務めだ。

 

右下:当事者意識は高いが、目的意識は低い=一生懸命だけど結果が出ない社員

【この社員の行動特徴】 仕事が自分ごとなので少々のことではへこたれない。言われたことは一生懸命やってくれるし、ぶつかった壁はあきらめずに乗り越えようとあの手この手をやってみる。ただ的外れだったり、総花的だったり、行き当たりばったりだったり・・・。決して効率的とは言えず、下手をすると結果が出ない。「できない子ほど可愛い」というが、一生懸命なのに結果が出ない、こういう子は本当に可愛い(笑)。

 

【育成のための次の一手】 目の前の仕事を成功させるなら、明確な目標(目的ではなく目標)を与え、目標達成に至るアクションプランを一緒に考え、スケジュールに落としてやる。道筋とマイルストーンさえ分かれば、このタイプは困難を乗り越えて結果を出す。

 

だが、長期的な視点で育成するなら「目的は何だ?」を繰り返すことだ。前回書いたように、資料をもってくれば目的を尋ね、資料の冒頭に目的が書いてなければ突き返す。トヨタの有名な「A3 1枚にまとめろ」も有効だ。1枚にまとめるためには、目的を明確にし、もっとも効果的且つ効率的な方法に絞り込まざるを得ないから。目的を考える癖さえつけば、このタイプを化けさせるのは比較的容易だ。

 

左上:目的意識は高いが、当事者意識は低い=評論家社員

【この社員の行動特徴】 実は最も難儀なのはこのタイプだ。目的意識は高いから正論は吐くが他人ごと。「こうするべきですよね」とか「これではうまくいくはずがないですよね」とか「やってもムダですよ」とか・・・四の五の言わずに自分でやってみろ!バカヤロー!と言いたくなる(笑)。

予想される困難は、このタイプにとっては「乗り越えるべき壁」ではなく「できない理由」「やらない理由」になる。要は「やりたくない」のだ。さらにこれが知識先行型だったりすると難儀。言ってることは間違ってはいないから。

 

【育成のための次の一手】 こういうタイプには「知っていることと、わかることと、できることは違う」ということを教えなければいけない。しかも体験で。

リクルートには「言いだしっぺ制度」と「有言実行」という文化があった。言いだしっぺ制度とは、言い出したものがその仕事を担当するという不文律のルールであり、有言実行は「言った以上はやるしかない」と自分を追い込む文化。

このタイプの社員が他人事みたいな発言をしても、「じゃ、おまえが担当ね」と当然のように担当を命じられる。周囲から「言った以上はできるよね」というプレッシャーがかかってくる。そして上司からは結果を求められる。

このタイプを育成するには、逃げ場の無い責任を負わせることだ。

「言った以上やらなきゃ恥ずかしい」と思う人はこれで伸びる。こういう社員はいずれ芽を出す。

 

だが、ここで逃げる社員なら成長させるのは困難。逃げるとは他責・他罰になること。「そもそもこんな目標無理ですよね(この目標を持たせた上司が悪い)」、「○○の部署が協力してくれないんですよね(協力しない部署が悪い)」、「伝えたのにやってくれないんですよね(聞いてない方が悪い)」、「お客さんにはこういう事情がありますからね(お客さんが悪い)」、「そもそも今は事業環境が良くないんですよね(世の中が悪い)」・・・。

他責・他罰の者は決して成長しない。どこまでいっても他人のせいにして逃げ回り、自分に厳しい反省をすることがないからだ。

そんなとき、僕はいつもこんな話をする。

 

逃げるな!そう言われると君は不本意かもしれない。だが僕の先輩が新雑誌創刊の担当となることが発表された朝礼でこう宣言したんだ。

「やろうと思ってできないことがあるとすれば、それは自分のやり方が悪いか、やる気がないかのどちらかだ!」

逃げているのかいないのか、僕の基準はこの言葉だ。もう1度言う。逃げるな!君もみんなの前でそう宣言しろ。そこから逃げたら、逃げ続ける一生を送ることになるぞ、と。

 

 

 

「当事者意識」と「目的意識」の重要性をご理解いただけただろうか。

上司・リーダーと呼ばれる方々の参考になり、若い方々の成長の指針になれば幸いである。

デキない部下はあなたのせい?「当事者意識」を育むために上司ができること

当事者意識は帆船の帆、目的意識は羅針盤

当事者意識が仕事の推進力になるというのは理解しやすいけど、目的意識が方向を定めるということは少し理解しにくいかもしれない。

「どんな仕事にも目的があり、その目的を最も効果的且つ効率的に成し遂げるのが仕事」とは、どういうことなのだろうか。

 

目的意識の例え話

僕は、若い人たちに目的意識とは何かを教えるとき、よくこんな例え話を使っている。

ある上司と、社員A、社員Bの会話。

 

上司 「これ、明日までにコピーを5部作って」

社員A 「はい、わかりました」

社員Aはその日のうちにコピー5部を上司に手渡した。

 

上司 「これ、明日までにコピーを5部作って」

社員B 「何に使うんですか?」(=コピーを作る目的は何ですか?)

「取締役会に提出するんだよ」

「取締役は5人ですけど、監査役の分は必要ないんですか?」

「あ!」

「執行役員や事務局の分も考えると15部ではありませんか?」

「そ、そうだ!15部頼む!」

「それに・・取締役のみなさんには、この資料の文字は小さすぎて読みにくいのではないでしょうか?A3に拡大しておきましょうか。今日中に作っておきますね。」

「よ、よろしく!」

 

あなたはどちらの社員と仕事をしたい?

アウトプット(仕事の結果)は、社員AはA4が5部、社員BはA3が15部である。

みなさんなら、どちらの社員と仕事をしたいと思うだろうか。

大抵の人は、社員Bと仕事をしたいという。

では、それはなぜ?と聞くと、「気が利くから」「気配りができるから」といった答えが返ってくる。

 

よく考えてみて欲しい。

社員Aは「明日までに、コピーを5部作る」という“目標”は達成しているのだ。しかも1日早く。

社員Aはダメ社員どころか、目標を前倒しで達成する、できる社員だ。

それなのになぜ社員Bと仕事をしたいと思うのかというのが僕の質問だ。

社員Aもできる社員だが、社員Bには気配りという+αがあるということ。

 

気配りができる社員を育てる

そこで問題。

あなたの会社(部署)に新人が入ってきた。その新人にも社員Bのようになって欲しい。

そこでその新人に、

「気配りをしろ!」

と言ったら、その新人は気配りができるようになるだろうか?

果たして社員Bのような行動ができるようになるだろうか?

 

合目的的に仕事をする

「気配り」を三省堂の大辞林で引くと「あれこれ細かく心を遣うこと」とされている。

僕は、仕事上の気配りができるかどうかの鍵は目的意識だと思っている。

社員Aと社員Bの違いは、“目標”だけでなく“目的”を考えたかどうかだ。

これを僕の新人時代の上司であるN課長は、「合目的的に仕事をしろ!」と言っていた。

すべての仕事に目的があり、常にその目的を意識し、その目的を効果的且つ効率的に達成しようとする行動が合目的的な行動だ。合目的的に仕事をして初めて、細かなあれこれに気づくことができるのだ。だから「気配りをしろ!」ではなく「目的を考えろ!」と言わなければいけない。

僕が上司なら、できる社員Aをさらに伸ばすためにこう教える。“目標”は、“目的”に近づくために立てる道しるべ。目的あってこその目標であり、反面、目標なくして目的に近づくことはできない。まず目的を考えろ、と。

 

目的を考えさせる

具体的に言おう。僕がいつもやっていること。

会議が召集される。まず初めに、会議の目的を板書させ、全員と一言一句を討議してから会議に入る。その目的から見て、出席者に過不足がないかを全員に確認する(各出席者に自分が出席している目的を考えさせる)。

僕に誰かが資料を持ってくると、目を通す前に「僕に資料を見せる目的は何だ?」と尋ねる。そうでないと僕がそれを見て何をしたらいいかがわからないから、と。それからおもむろに資料に目を通し始めるが、最初に目的が書いていなかったら、そのままつき返す。提案でも、報告でも、最初に目的が書かれていなければ読む意味は無いと言って。

当事者意識と目的意識は若手から経営層にまで必要である

僕は当事者意識と目的意識こそ、仕事の基礎中の基礎、基本中の基本だと考えている。

若手だけではない、中堅社員になろうが、管理職になろうが、経営層になろうが、レイヤーは異なっても帆と羅針盤が必要なことに変わりはないからだ。コピーをとる目的が、レイヤーが上がるにしたがって視座の高い目的に高まっていき、経営層になれば会社の存在目的即ちミッションへと昇華する。経営層は総じて当事者意識は高い。そうであるだけに目的を見失った経営は迷走し、ときに暴走する。サステナブルな経営に目的意識は不可欠なのだ。そして、目的意識の高い経営者はブレない。

 

ところで、先ほどの例え話。

社員Bはもちろん、社員Aも悪くない。いや、上出来だ。

悪いのは、“目標”だけ言って、“目的”を言わない上司の方なのだ。

 

「目標や目的を伝えることの重要性など、とうに分かっている!」という声が聞こえてきそうだが、分かっていることと、実践できることの間には大きな壁がある。

しかし、実践できるかどうかであなたの部下の仕事の質、成果は大きく変わってくるはず。

 

どんなポジションであっても、万人に取って「当事者意識」と「目的意識」を持てるかどうかが仕事の「成果」出せるか、出せないかに繋がってくるのである。

「当事者意識」を「成果」につなげる、デキる人の「思考の癖」

目的は何だ?

「おまえはどうしたいんだ!」の包囲網でほとほと困っていた新人の僕。独身寮の同じ階の営業部のN先輩に相談した。Nさんは「やられてるなあ」と笑いながら、どんな仕事なんだ?と相談に乗ってくれようとした。そこで僕が概略を説明すると、Nさんはこう質問した。

「で、その仕事の目的は何だ?」

「目的?わかりません」

と答えたその瞬間、みるみるN先輩の顔が赤くなった。

「ばかやろー!目的もわからないで仕事ができるか!Uさんは目的を何だと言ったんだ?」

「・・・目的?・・目的は・・・言ってません」

「ふざけるな!人に仕事をたのむときに目的を言わない奴がいるか!Uさんに目的を聞いて出直して来い!!」

 

聞いていたのに記憶に無い

翌日、僕はおそるおそるUさんに「目的」を聞いた。

「この間、説明したときに言ったろ。同じことを2回言わせるな!」

「いえ、僕は聞いてません」

「俺は言った。お前もメモしてたぞ。手帳を開けてみろ!」

・・・僕の手帳には、「この仕事の目的は○○○であり、目標は□□□である」と、Uさんの言葉がそのまま書いてあった。書いてあるのに目的についての記憶がなかった。僕はUさんの言うことをそのまま手帳に書いていたけど、その中で「目的」が重要だと思わず、ただ書き留めていたんだ。いつまでに何をしなければならないかという目標はわかっていたけど、何のためにそれをするのかという目的はわかっていなかった・・・。

 

仕事とは、その目的を最も効果的且つ効率的に達成する方法を考え、やり遂げること

しょげかえる僕に、Uさんがやさしい口調で教えてくれた。

「いいか、高野・・・仕事には目的がある。つまらないように見える仕事でも、すべての仕事には必ず目的があるんだ。そして、仕事とは、その目的を最も効果的かつ効率的に達成する方法を考え出し、それをやり遂げることなんだ。

高野に今回頼んだ仕事を、去年は1年先輩のYがやっている。Yもまた目的を考え、その目的を最も効果的、効率的に達成する方法を考えて取り組んだんだ。もう1度、Yの報告書を読んでみろ。そしてYの振り返りを元にして、Yよりも効果的、効率的な方法を考え出せ。それがお前の『仕事』だ。

だから、仕事に取り掛かるとき、まず初めにやるべきことは『目的は何か』を考えること、そしてその仕事を指示した人がいるなら『目的をすり合わせること』なんだよ」。

 

そしてUさんと僕は、もう1度、目的のすりあわせをした。

以来、僕は、人に仕事を依頼するとき、必ず「目的と目標」を言うことにしている。

 

付け加えよう。やりはじめてみて、うまく行かないと感じたら、何度でも目的に戻ってみることだ。最初に考えて、これでいいと思った目的も、やっているうちに壁にぶつかって立ち戻ってみると、実はぼやけていたなんてことはよくある。

経験的に目的がぼやける原因はいくつかある。単純に考えが浅いとき、間違った情報に基づいていたり、重要な情報が抜けているとき、好き嫌いなど心理的な影響を受けているとき、自分の考えを言わずに周囲に流されたとき、やっているうちにいつの間にかズレていくとき・・・。最初に目的ありきだが、やりながら何度も立ち返り、目的の解像度を上げていくことだ。

 

当事者意識と目的意識

それは、帆船に例えれば帆と羅針盤。どんなに追い風でも当事者意識という帆を張らなければ船は進まない。帆を張れば向かい風でも進むことはできる。でもたとえ帆いっぱいに順風をはらんでも目的意識という羅針盤がなければ目的地にはたどり着けない。

だから僕は若い人たちに、当事者意識と目的意識を教え込む。

常にこのふたつを考える癖がついていれば、みんな自力で目的地にたどり着けるようになるからだ。

リクルートに伝わる、主体性=当事者意識を文化にする魔法の言葉「お前はどうしたいんだ!」

人材輩出企業リクルートの魔法の言葉「お前はどうしたいんだ!」

さて、前回は新卒でリクルートに入社した僕が、教育係のUさんから人材輩出企業リクルートの魔法の言葉、「お前はどうしたいんだ!」を投げかけられ、「担当者が『どうしたらいいですか?』と人に聞くのは責任転嫁だ」「人に言われたとおりにやって、それで仕事が面白いんか?」と言われたところまでを書いた。 

誰に聞いても「お前はどうしたいんだ!」

Uさんに「お前はどうしたいんだ!」と聞かれて何も答えられず、スゴスゴと席に戻って「自分はどうしたいのか」と考え始めたけど、新人の僕にそんなことわかるはずがない。そこで一計を案じた。Uさんが席を立った隙に他の先輩に聞いたんだ。

「この仕事を担当することになったんですけど、どうしたらいいんですか?」

その先輩は即答した。

「お前はどうしたいんだ!」

同じ課の先輩に何人も聞いたけど、答えは同じ。

「お前はどうしたいんだ!」

とうとう、隣の課の先輩にまで聞いたが、その先輩も笑いながら、

「で、高野君はどうしたいの?」

社内のどこに行っても、誰に聞いても返ってくる答えは「お前はどうしたいんだ!」なのだ。そして、どこに行っても、誰に聞いても、何の仕事でも「お前はどうしたいんだ!」と言われ続ける。アタマで合理的に考えて「こうすべきだと思います」なんて言った日には、「おまえがどうしたいのかを聞いてるんだ!」とどやされる。

当事者意識があってはじめて、仕事に本気で取り組める

自分の中から湧き上がる「僕はこうしたいんだ!」という心の声が聞こえるまで、「お前はどうしたいんだ!」は繰り返される。考え抜いても正解がわからず、誰も決めてくれず、自分で決める。自分で決めた方法で取り組むと誰にも責任を転嫁できない。後には引けなくなって、なりふり構わず、本気で取り組むようになる。それが当事者意識、即ち主体性だ。

そして「僕はこうしたいんです!」という言葉がでたとき、拍子抜けするほどあっさりと「よし、お前に任せた」とくる。後になって気づくんだ。先輩たちが最初から最後まで、自分のことをちゃんと見ていてくれて、いいタイミングで手を差し伸べていてくれたことに。 

当事者意識を“文化”にした言葉、「お前はどうしたいんだ!」

こうしているといつの間にか、意見を言うときにはまず自分はどうしたいのかを言おうとするようになる。そしてそのために、何かにとりかかるとき、何かを決めるとき、「俺はどうしたいんだ」とまず自分に問いかけることが癖になる。その癖がついてから、後輩を迎えると、後輩から「どうしたらいいんですかあ?」と聞かれると、やけに無責任な発言に聞こえて腹が立つようになり、自然に「お前はどうしたいんだ!」ときつく言うようになる。

こうして「お前はどうしたいんだ!」は時を超えて受け継がれていく。まさに“文化”だ。

どこで、どんな仕事に就いても、この癖が身についている元リクは、仕事を自分ごととして捉える。だから重宝されるんだろうと思う。

僕はこれがリクルートの強みのひとつだと確信しているし、これを若手に叩き込む文化こそがリクルートの競争優位のひとつだと思っている。

「お前はどうしたいんだ!」は相手の立場に立つことも教えてくれる

後輩を持つようになったとき、決して無責任にこの言葉を使ってはいけない。後輩にそれを言う以上、自分にも「自分ならどうしたいか」がなければならない。そうでなければ責任を持った的確なアドバイスはできない。

あるいは自分がやったことのない仕事のことで相談を受けるかもしれない。そのときも「自分がその人の立場だったら、どうしたいと思うか」と自分に問いかけ、自分ごととして考えて答えなければ無責任だ。だからリクルートでは、相談すれば責任を持った意見が返ってくるし、責任を持った意見は受け入れやすいから活発で有効な議論が起きる。

この文化によって、上下に関係なく互いに異なる意見を言うことが許容される組織になる。これが「お前はどうしたいんだ!」の副次的な効果だ。

”人材輩出企業”リクルート流、「できる」若手社員の育て方

前回までは、ベンチャー経営者が大抵ぶつかる「30人の壁」について書いた。そろそろ話題を変えようかと思って、ツクルバの取締役に何の話題がいいか聞いてみたところ、若手の育て方がいいと言われた。若手をどう育てたらいいのかと考えているベンチャー経営者にも、成長のきっかけがつかめないでいる若手たちにもためになるんじゃないか、と。

例によって、「あの頃のリクルート」がどのように新人を育てていたのかを私自身の体験を交えて書くことにしようと思う。これこそがリクルートが「人材輩出企業」と呼ばれるようになった原因のひとつだと私は思っている。

僕が新人のとき

1981年4月1日、リクルート銀座8丁目ビルが竣工した。その日、椅子も机も入っていないがらんどうのビルの11階ホールで僕たちの入社式・配属発表が行われた。
僕が配属されたのは、総務部人事課採用担当新卒採用チーム。課長はNさん、僕の教育担当は、当時入社5年目で新卒採用チームリーダーのUさんだった。僕の初仕事は、本社ビル竣工披露パーティーの地下駐車場係。1日中地下の西銀座パーキングにいたら、排気ガスで鼻の穴が真っ黒になった(笑)。

その後しばらくは本社の引越しの手伝いと、時々先輩にくっついてアルバイト学生に会っていた。時間ができると、自分の机に座ってぼーっとしながら、先輩から仕事を頼まれるのを待っていた。課やチームの目的・目標をちゃんと考えていないから、何をしたらいいのかわからなかったんだ。

初めての担当、そして・・「お前はどうしたいんだ?!」

確かゴールデンウィークが明けた頃だと思う。僕は、東京以外に東北地方の大学生・高校生の採用と、Uさんがメイン担当の採用ツール(入社案内や会社紹介ビデオなど)の作成を担当することになった。
ある日、Uさんから入社案内作成の中の一部分を担当するように言われた。もうそれが何だったか思い出せないくらいの小さな仕事だったんだろうけど、
「高野、これを担当しろ」
と言われたときはうれしかった。事実上の初仕事だ。勇躍、自分の席に戻り、よーし!と気合が入ったところで、ふと気がついた。
何をどうしたらいいのか、さっぱりわからない。そこでUさんの席に行って聞いたんだ。
「先ほど言われたこの仕事ですけど、どうしたらいいんですか?」
するとUさんは言った。
「お前はどうしたいんだ?!」

「どうしたらいいですか?」は責任転嫁

これが人材輩出企業の魔法の言葉のひとつだとは露知らず、僕は聞き返した。
「どうしたいもこうしたいも、どうしたらいいのかわからないんです。どうしたらいいか、教えてください!」
僕の心の中には、Uさんは僕の教育係なんだから、教えてくれないのはおかしいという気持ちがあったに違いない。
ところがUさんは烈火のごとく怒り始めた。
「責任転嫁する気か!」
そんな気はありません、とびっくりして答える僕に対して、Uさんは言った。
「お前は担当者だろう!担当者が『どうしたらいいですか』と聞くのは責任転嫁だ!」
Uさんはなおも続けた。
「それに対して俺が、最初にこうして、次にこうして、それができたらこうするんだ・・と答えたら、その通りにやるんか?それで失敗したら、誰の責任になる?これを責任転嫁って言うんだ!」
「人に相談するときは、『僕はこうしたいんですけど、どう思いますか?』と聞け!・・それでも担当者か!(怒)」

Uさんの言いたいことがやっとわかった。
担当者が「どうしたらいいですか?」と人に聞くのは責任転嫁なんだ。

それで仕事が面白いんか?

落ち着きを取り戻したUさんは言った。
「人に相談するときは、『僕はこうしたいんですけど、どう思いますか?』と聞け!」
「それに第一、人に言われたとおりにやって、それで仕事が面白いんか?」

仕事が面白いかどうかなんて考えたこともなかった。
Uさんの言いたいことはわかったが、結局どうしたらいいのかわからず、相変わらず途方にくれる僕だった。これがリクルートに入社した新人全員が受ける洗礼だということを知る由もなく。。。

創業者はなぜ「老害」になってしまうのか?

創業者は経験者だからややこしい

前回は部長を例にお話ししだけれど、今回は創業者のお話。

創業者の場合は、社内にあるほとんどの仕事が「やったことのある仕事」ということになる。だからさらに事態はややこしい。

知ってるつもり?

すべての仕事を「知ってるつもり」だから、すべての仕事に「口出し・手出し・頭越し」をしがちだ。
「いやいや、社内で一番知ってるのは私ですよ!」という創業社長の声が聞こえてきそうだけれど、そもそもこの話、創業者は自分の情報処理能力を超えて困ったから組織化したんじゃないの?
多くの創業者は、組織化して「仕事改革」したのに「自分改革」を忘れていやしないか、僕はそう思ってしまう。

自分に入ってきている情報は、それまでとは質量ともに変化しているのに、本人は「知ってるつもり」「わかってるつもり」「できてるつもり」になっている。
部下を始め周囲の人は、創業者の判断がおかしい‼︎と思うんだけど、本人は気がつかない。相変わらず「自分が一番わかってる」と思ってる。

会社は成長期。仕事は常に変化している。つまり日々刻々、「知らない仕事」「やったことのない仕事」へと変化しているわけだ。

40代で「老害」?

僕の知っている40代の創業社長に従業員が500人になっても、個人の評価に口出ししてる人がいた。500人の人が毎日働いているのに、ひとりひとりのことなんて分かるはずないのに、と思っていたら、案の定、評価の根拠は「3年前にアイツはこういうことをした!」だった。
担当の管理職は懸命に部下の成長ぶりを説明しているんだけど、「お前たちに何が分かる。俺が一番分かってるんだ」と、創業者はひかない。結論はもちろん創業社長の言うとおりの評価になった。
40代でもはや老害(笑)。

刮目して相侍すべし

僕が「30人の壁」にぶつかっていたとき、ある先輩が三国志演義の言葉を教えてくれた。
「士別れて三日なれば、即ち更に刮目(かつもく)して相待す(あいたいす)べし」
組織化し任せたならば、自分の見ていないところで人は進化し成長する。
自分は知ってるつもりなだけで、もはや何も知らないのだという謙虚な気持ちで目を見開き、耳を傾けろ、それが「自分改革」だ。

我慢と謙虚が事業を拡大する

でも口を出してしまうのは、創業者に誰よりも強い当事者意識があるからだよね。苦労して、苦労して、ここまで大きくしてきたんだから。

しかし、もし事業をもっと大きくしたいなら、そこをグッとこらえて「我慢と謙虚さ」だと自分に言い聞かせること。

それが僕自身が壁を乗り越えたときに体験したことであり、リクルートの創業者やコスモスイニシアの中興の祖のすぐ側で仕事をして学んだことでもあるんだ。

ベンチャーの経営陣がおちいる、”権限委譲”の危険な誤解

チームを分けて権限委譲する

ベンチャーでは事業が拡大すると、チームに分けてリーダーを置くようになる。大組織でいうと、課長が自身の職務が拡大してメンバーをチーム分けするときや、部長になって複数の課を持つようになるときとシチュエーションは似ている。
事業が拡大し人が増えた時、先輩経営者などに聞くとこう返ってくるだろう。「もっと現場に権限委譲しないとダメだよ」と。なるほどそうならば、と想像のままに”権限委譲”を試してみるが、そうは上手くいかない。
今回は、ベンチャーの経営陣がおちいる、”権限委譲”の誤解について2つの症状をお話しよう。

第1の症状 「口出し・手出し・頭越し」

今から20年前、僕は新米部長になったとき、ものすごく戸惑った。何をしたらいいのかわからなかったんだ。だって、課長になったときには
「現場仕事から手を離せ!」
と教えられた。
メンバーの仕事を奪うな、メンバーに権限委譲してお前は「課長の仕事(メンバーのマネジメント)」をしろ!という意味だった。
ということは部長になったら、
「課長の仕事から手を離せ!」
ということだろう。
課長の仕事を奪ってはいけない。それまでやっていた課長の仕事は後任の課長に引き継ぎ、自分は「部長の仕事(課長を通して行うマネジメント)」をしなくちゃいけない。でも何をしたらいいのか、どうしたらいいのかがわからない。辛くて苦しい毎日だった。今思うと、苦しみから逃れるために、課長の仕事を奪ってしまったようにも思うんだ。

僕が部長になったとき、部内には5つの課があった。僕は直前までその中の1つの課の課長だった。自分が課長だったんだから当然のことだけど、その課の仕事は手に取るようにわかった。そこには僕の後任の課長が着任していたんだけど、僕の方がよくわかっていると思っていたし、僕はメンバーに直接指示を出したくてウズウズしていた。ある日、メンバーのひとりがこっそり相談に来た。判断を求めに来たんだ。口出ししたくてもできなかった僕にとって渡りに舟だったように思う。僕は素早く判断してみせた。それ以来、メンバーは直接僕に相談に来るようになり、いつの間にか僕は直接メンバーに指示を出すようになっていた。権限委譲は行われず、課長は事実上、レポーティングラインから外れた。
こうなったのは誰のせいだろうか。こうやって客観的に書けば、僕のせいだということは明らかだけど、実際の現場では「課長に能力がないから」ということになっていたりするものだ。権限委譲をしていないんだから、課長の成長の機会を奪ってしまっている。これは「課長に能力がない」のではない。「僕が課長の能力を伸ばしていない」のだ。
同時に、レポーティングラインが崩れているんだから、組織としての機能は大幅に低下。その上、部内の雰囲気も悪くなっていく。「30人の壁」を乗り越えるために組織を作ったのに、こうして壁に跳ね返されてしまうんだ。

第2の症状 「丸投げ」

部長になっても自分が担当していた課の仕事に「口出し・手出し・頭越し」をしていたら、課長時代にやっていた仕事にほとんどの時間を取られてしまう。そうなったら、課長時代と仕事の内容は変わらない。それでは、部長になって広がった部分の仕事、自分が担当したことのない仕事はどうしていたのだろう?
僕は漠然とだけど、こんなことを考えていたような気がする。やったことのない仕事を今から自分が勉強していたのでは目の前の仕事が進まない、だからやったことのない仕事は担当の課長に任せよう、と。自分が新たなことを学ぶことよりも、目の前の仕事を進めることを優先してしまったんだ。その結果、僕はいつまでたっても自分がやったことのない仕事を経験できず、一向にできるようにならない。だからさらに課長に頼るようになり、いつしか任せっぱなし、丸投げになってしまったんだ。丸投げとはコントロールすることを放棄したことだから丸投げになっている課がひとつでもあったら、組織全体をコントロールすること=部長の仕事はできなくなってしまうというわけだ。

権限委譲は我慢

逆なんだよね。
自分がやったことがある仕事は、ちょっと聞けばわかるはずだから人に任せても大丈夫。ここでは「変化」だけに気をつけていればいい。どんなにやり慣れた仕事でも、変化してしまえば、やったことがない仕事になってしまうのだから。
一方、自分がやったことがない仕事こそ、部の責任者として少しでも早くキャッチアップしなければいけない。ここで必要なことは、知ったかぶりもせず、偉ぶったりもせず、部下だろうが、後輩だろうが、謙虚に接して学ぶことなんだ。

僕が経験から学んだこと。「権限委譲は我慢だ」ということ。
自分のやったことのある仕事には「口出し・手出し・頭越し」をしたくなる。自分がやった方が早いから。そこをグッと我慢できるか。
自分のやったことのない仕事は「丸投げ」をしたくなる。できない自分と向き合って謙虚に学ぶのが辛いから。そこをグッと我慢できるか。
我慢ができれば権限委譲ができ、権限委譲ができれば作った組織が機能し、組織が機能すれば「30人の壁」を乗り越えられる。

「30人の壁」を乗り越えるには、我慢が大切だと僕は思っているんだ。

成長する組織と経営者を襲う「30人の壁」の正体

マネジメントスパン

マネジメントスパンという言葉がある。簡単に言うと「組織(例えば課)の大きさは何人が適正か」ということなんだけど、実はこれには何人という正解はない。その組織の業務内容やミッション、リーダーとメンバーの資質や経験によって千差万別なのだ。

とはいえ、実際にはある暗黙の基準を持って組織人事が行われている。

その暗黙の基準とは「情報処理能力」。

僕が課長時代に受け持った最大のメンバー数24人

あるとき、課の編成の変更によって、僕の課のメンバー数が17~18人くらいから一気に24人になったことがあったんだ。その頃には、課長としての経験も積んで、自分なりのマネジメントスタイルもできてきていた。

ところがしばらくすると、ひとりひとりのメンバーの業務の進捗状況の把握が怪しくなり、それぞれの体調や精神状態、悩みや困りごともぼんやりとしてきて、誤った判断をするようになった。その病状が進むとメンバーは何とかして僕に情報を入れて正しい判断をしてもらおうとするので、いつも僕の席には報連相の長蛇の列ができてしまい、ひとりひとりの話をちゃんと聞く時間がますますとれなくなっていき、その結果、また判断を誤るという悪循環に陥った。

僕1人の情報処理能力を超えてしまったのだ。

リーダーは、業務を進めるために仕事をメンバーに割り当て、各メンバーの業務の進捗管理をする。それぞれの仕事の改善課題や目標を設定して、その進捗も管理しなくちゃいけない。現場で早く正しい判断が行われるためには、判断軸、判断基準が共有されていることが必要だ。そのために、企業理念やビジョン、中長期的な戦略、事業部や部の戦略目標、これらを達成するための課の役割や単年度目標などの情報を、組織の上から下へと繰り返し発信し、浸透させることも、リーダーの重要な職務だ。目の前の仕事を進めるだけじゃない。さらに、チーム全体の成果を高くするためにはチームワーク作り、いわゆるチームビルディングの仕事も欠かせないし、将来のことを考えて人材の育成もしなくてはいけない。

これらを達成するには、様々な情報が必要だ。全社の課題、部の課題、課の課題や目標は理解されているか。業務や課題解決はどこまで進んでいるのか。間違いや躓きはないか。壁に当たっていないか。みんなご機嫌で仕事に取り組んでいるのか。人間関係はうまくいっているのか。ひとりひとりの個性は?悩みは?成長したい方向は?

なんとまあ、多くの情報が飛び交っていることか。

リーダーは情報交換の要となり、組織の内外、組織内の上下左右に散在する情報を収集分析して、適時的確に判断したり、次の一手を指示したりしなければならない。

30人を超えると、1人ではムリ!

そしてこれらの情報は、メンバーの人数が増えると2次曲線のように急激に増えていく。

課長経験者には、業務内容を問わず経験的に「30人になると、1人ではムリ!」と言う人が多い。

マネジメントスパン=1人では適時的確に情報処理ができなくなる人数。

ここに初めて「30人」という数字が出てくるんだ。

ベンチャーの成長とコミュニケーション

創業者が1人で仕事をしているときは、自分で収集した情報をもとに、自分で判断して、自分で行動する。

事業が軌道に乗り、拡大し始めると、自分の仕事の一部を誰かにやってもらわないとそれ以上に事業が伸びない。だから自分の代わりに客先に行ってくれる営業マンを増やしたり、サービスの数値管理を任せるディレクターを採用したり、電話番や経理事務といったコーポレート部門が誕生したりする。

すると創業者は、社員に対して何をして欲しいか、どう行動して欲しいかを要望するようになるし、社員から判断を求められるようになる。このときには、これまでのように自分自身で収集した情報だけではなく、彼ら社員が収集した情報を2次的に収集しなければならなくなっているはずだ。簡単に言えば、「で、先方は何て言ってるの?」と聞かなきゃわからなくなってるはず。

だけど少人数の間は意識したコミュニケーションは必要ない。なぜなら四六時中、家族以上に一緒に時間を過ごすからだ。一緒にいる時間が長ければ長いほど、意識しなくても情報は交換されていく。

人数がさらに増えると、いよいよ意図的なコミュニケーションが必要になる。新たにjoinした社員へのビジョンシェアリング、目標とTo Doリストの共有、社員との定期的な面談、定例会議の設置、非定例会議の開催、社員旅行などのレクリエーションや飲み会、合宿などなど。

創業者も起業する前はサラリーマンだった人が多いから、多くの場合、その時の上司の課長がやっていたことを真似て手を打っている。

やってくる「30人の壁」

そしてついに人数が30人近くに到達すると、前述の意図的なコミュニケーションの仕掛けだけでは、もはやチームが機能不全を起こし始める。僕の課長時代と同じ症状だ。

ところが創業者はこれまでの延長線の行動をする。全部に目を通すなんて不可能なのに全員のTo Doリストを集め、会議と飲み会を増やす。社員面談の数は必然的に増えていき、それに費やす時間は人数に比例して増えて行く。

創業者は思うように事業の成長に時間が使えなくなり、自分の思い通りに動かないメンバーたちに苛立ち、時には声を荒げる。

だけどほとんど効果がない。

これがベンチャーの経営者が大抵ぶつかる「30人の壁」。

壁?

それなら解決方法は簡単じゃないか。

チームを分けてリーダーを増やし、1チームあたりの人数を減らせばいい。

ところが、それをやってもどうもうまくいかない。だからこそ「壁」なんだ。

うまくいかない理由

チームを分けてリーダーを増やし、1チームあたりの人数を減らせば、リーダーが処理しなければならない情報量は半分になるから解決だ!・・・おっとっと、忘れちゃいけない。全体で見れば、流れている情報量は同じなんだ。チームを小単位に分け、それぞれにリーダーを置くのは、情報の結節点を作るということ。そのかわり、全体に流れる情報を処理するために、結節点と結節点を結ぶ神経系を作る。それが「組織」だと、僕は考えている。

結節点と結節点を結ぶ神経系がレポーティングライン。これを整えないと、適時適切な「全体の情報処理」はできない。小さな組織でも、レポーティングラインをちゃんと考えて、決めて、各結節点の責任者がそれに適合した行動をしないと組織は機能しないんだ。

この整えをきちんとしていないことが、うまくいかない理由のひとつだ。逆に言えば、この整えがちゃんとできて、創業者も含む各リーダーがそれに適した行動をすれば、多くの問題が解決するはずだ。

チームを分けて、それぞれにリーダーを置くこと。それは、創業以来はじめての「組織化」、つまり「集団から組織への転換点」なんだ。

 

次回は、私の経験に基づいて、レポーティングラインを整えておかないと、あるいは整えていてもリーダーが自分の行動を変えないと、どんなことがおきてしまうのかということを起点にお話できたらと思います。

ベンチャー経営者が大抵ぶつかる「30人の壁」

おっちゃんの経験

前回書いたようにツクルバは、組織が大きくなっていく過程で起きるであろう諸問題に先手を打つために、おっちゃんを雇った(笑)。

リクルートやコスモスイニシアは、僕に実にたくさんのことを経験させてくれた。株式上場もしたけど、まだ総会屋が元気な時代だった(笑)。バブル景気の急成長もあったけど、バブル崩壊の急降下にも見舞われた。創業者が「時代の寵児」と呼ばれた時期に広報担当だったけど、「ある日突然風向きが変わる」のも経験した。だから伸びていくベンチャー企業を見ていると、「あー、あの頃のリクルートだ」とか「コスモスイニシアでも同じことが起きたから、組織のどこかでこんな問題も起きてるはずだ」と、感じることがある。
この半年間、共同創業者の相談相手をしたり、他のベンチャーの経営者のブログなどを読んでいるうちに、気づいたことがある。

中間管理職の経験がない

多くのベンチャー経営者が必ずぶつかるのが、「30人の壁」。社員が増えていくと「30人の壁」にぶつかり、それを乗り越えるところで四苦八苦するということだ。
なぜみんながみんな、同じことで苦労するのか。
ベンチャーの経営者に共通していることは何か。

それは、「中間管理職の経験がないこと」だ。特に部長経験がないことが大きい。

「部長経験がない」=「30人以上の組織のマネジメント経験がない」。
あるいは、「課長は直接メンバーをマネジメントできるが、部長は課長を通してマネジメントする。すなわち、部長経験がないということは、人を通して人をマネジメントした経験がないということである」
とも言える。
この経験がないまま、その環境に身を置くことになるから苦労するのだろう。

例えば、「どんな人をマネジャーに選んだらいいだろう」。
これは彼らの大きな悩みの一つであるようだ。大概の場合、業績の高い人、スキルの高い人を選ぶが、思うように組織全体のパフォーマンスは上がらない。下手をすると民心が離れてパフォーマンスが下がることだってある。

次に彼らは、自分と同じ考えの人を選ぼうとする。だけど十人十色なんだから、そんな人がいるはずもない。だから、これもうまくいかない。

社長にはなれるが、部長にはなれない

昔、元リクの起業家たちと話していたときのこと。私が「いつまでも独立せずにリクルートグループに残ってしまったために社長経験がないんだ」と嘆いたとき、彼らはこう言った。
「高野さんの方が貴重な経験をしてますよ!なりたいと思えば社長には誰でもなれます。でも、大きな組織の部長や課長には、なりたくてもなれない。僕らはもう、部長・課長を経験することはできないんです」
そのときは、僕に対する慰めだとしか思ってなかった。でも、今にして思えば、彼らも「30人の壁」にぶつかり、悩み、自分に部長・課長経験があったら、と思っていたのだろう。

こうしてみんながぶつかる「30人の壁」。
次回は、僕が部長・課長経験から学んだ「30人の壁の正体」についてお話しします。

元リクルートグループ役員からベンチャーに入社したおっちゃんの、人事・組織論ブログ

2015年10月にツクルバにjoinした高野慎一58歳

何でこんなおっちゃんがベンチャーに入社したのか。。。

共同創業者の2人(村上&中村)とは旧知の間柄で以前から、いつか一緒に仕事をしたい、高野さんを雇えるようになりたいって言ってくれていた。それが2015年になって本気で誘ってくれた。

その理由は、起業した先輩たちのほとんどが、急激に会社が大きくなってからどうしていいかわからず困っている。それを見て、そもそも自分たちに組織運営の基礎がないのではないかと思うようになった。それはこれから経験すればいいことなのかもしれないけれど、その時間を短縮するには、会社の基礎づくりの段階の経験のある人(おっちゃん!)を迎える方がいい。自分たちは型破りにはなりたいけど、形無しにはなりたくない、と、こう言うんだ。
手前味噌だけど、実に立派!

その上に、自分たちはこれまで2人で遠慮なく議論してきた。でも社員が増えれば増えるほど、自分たちの想像以上に距離が離れて、自分たちに直言してくれる人が少なくなるんじゃないか。高野さんには、壁打ちの相手になって欲しい。違うことは違うとはっきり言ってくれる存在が欲しい。
涙が出るほど、立派!

さらに、高野さんの経験は、コスモスイニシアが50人くらいの時から1,600人になる急成長の経験、リクルート事件、バブル崩壊の急落経験、そこからの復活経験、それだけでなくIPOの経験まである。
ボクらに力を貸してください。

これで一肌脱がなきゃ、おっちゃんの名が廃る

こうしてボクはツクルバにjoinすることを決めた。

実際にjoinしてみて思うこと。
共同創業者だけでなく、ツクルバの理念やビジョンに共感し、ここに集う若者たちの優秀さ、気持ちの良さ、立派さ。
ボクは今、彼らひとりひとりの役に立ちたいと本気で思ってる。

彼らの、この瑞々しい感性を殺さないこと、それが最も大切だ。
さらに、この感性を自立的、自律的に伸ばしていこうとする文化風土を、みんなと一緒に作りたい。
それが、おっちゃんのミッション!

そんな思いで、ツクルバメンバーに熱く接していたら、最近、「ツクルバの父」と呼ばれるようになった。
父って言ってもツクルバはボクが作ったわけじゃないから、まあ、時々いいこと言って導いてくれるってことだろうな。
それならアニキでも良さそうなもんだけど、そう呼ぶには歳が離れすぎているらしい。ホントは「ツクルバのオヤジ」?w